映画「キネマの神様」

映画「キネマの神様」を鑑賞しました。

この映画は、山田洋次監督が、作家・原田マハの小説を映画化。
松竹映画100周年を記念して製作された、家族から白い目で見られるダメ親父の物語を紡ぐ作品。

ストーリーは、ギャンブル狂いのゴウ(沢田研二)は、妻の淑子(宮本信子)や家族にもすでに見捨てられていた。
そんな彼が唯一愛してやまないのが映画で、なじみの名画座の館主テラシン(小林稔侍)とゴウはかつて共に映画の撮影所で同じ釜の飯を食った仲だった。
若き日のゴウ(菅田将暉)とテラシン(野田洋次郎)は、名監督やスター俳優を身近に見ながら青春を送っていた。

お盆休み中に鑑賞した作品。
雨ばかりで甲子園も連日中止とする事がないですが、こういう時は映画を観るに限ります。

松竹映画100周年を記念し、昨年に公開されるはずだった作品。
しかし、公開は2度延期されました。
延期になった理由は、言うまでもありませんが。

物語は、現代と過去と2つのパートに分かれて構成されています。
冒頭では一昨年の2019年から。
ラグビーW杯期間中の設定で、劇中内でも仕事しながらTV観戦というシーンでしたね。
その後、今なお世界中を混乱させている新型コロナウィルスによる感染拡大で、最初の緊急事態宣言が発令された時期へと移っていきます。

現代のゴウは、酒とギャンブルがやめられない性格で、妻の淑子や娘(寺島しのぶ)からも見放される始末。
ある日、ゴウは孫から一冊の映画の脚本を見せられます。
それが自らが書いて、初監督となる筈だった「キネマの神様」。
孫は書き直して脚本賞に応募する事をゴウに提案します。

過去は約50年前。
若きゴウは、助監督として撮影所で働いていました。
スター女優の園子(北川景子)、友人で映写技師のテラシン、撮影所近くの食堂の娘・淑子(永野茅郁)。
彼らと過ごす日々の中で映画監督になる夢を追っていました。
しかし、初監督の撮影初日に事故で怪我をしてしまい、ゴウは夢を捨ててしまいます。

詳細を書くのはここまでにしますが、ゴウは若い頃から酒とギャンブルが好き。
一方で夢も一生懸命追っていたのですが、その夢を失った途端に、ここまで崩れていくものなのかという人生の怖さも感じる内容でした。
それでも、孫の助言によって失った夢を取り戻して、脚本賞にも選ばれます。
家族の支えの大事さも伝わる映画でした。

過去のパートでは、山田洋次監督が青春時代を送った松竹大船撮影所の全盛期が描かれています。
一方で現代のパートでは、コロナ禍も描かれていきます。

ゴウは沢田研二が演じていますが、本来なら志村けんさんが演じる予定でした。
その志村さんが、新型コロナウィルス感染により昨年死去。
もし、志村さんが演じていたらと思うような場面も多く複雑な気分になりました。

沢田研二さんもゴウと言うよりは志村さんを演じているように見えました。
東村山音頭を歌う場面も、体調を崩して入院する場面も、志村さんの存在感を感じました。

松竹100年の歴史と映画への愛情。
コロナ禍と志村さんの死。
劇場へのエール。
この「キネマの神様」が負った傷さえも取り入れて、再び映画の夢を見せてくれるラストシーン。
上映中の映画館の中で幻を見るゴウの人生は、幸せだったのかなとと思わせてくれました。(決してそんな事はないのだが)

エンドロールでは「さようなら 志村けんさん」という字幕が出てきます。
この字幕を見た時には、やはり志村さんが演じるゴウを観たかったという気持ちになりました。

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