映画「楽園」

映画「楽園」を鑑賞しました。

この映画は、吉田修一の短編集「犯罪小説集」の一部を瀬々敬久監督が映画化。
ある村で起こった幼女誘拐事件、少女行方不明事件、養蜂家にまつわる事件を通して、人々の喪失と再生の物語が描かれる作品。

ストーリーは、12年前、青田に囲まれたY字路で幼女の誘拐事件が発生した。
事件が起こる直前までその幼女といたことで心に傷を負った紡(杉咲花)は、祭りの準備中に孤独な豪士(綾野剛)と出会う。
そして祭りの日、あのY字路で再び少女が行方不明になり、豪士は犯人として疑われる。
1年後、Y字路へ続く集落で暮らす養蜂家の善次郎(佐藤浩市)は、ある出来事をきっかけに、村八分にされてしまう。

ストーリーは三部構成で「罪」、「罰」、「人」で分けられています。
少女失踪、限界集落での人間関係、村八分など実際に起こった出来事を基に構成されていて、自分がこういう環境の中にいたら紡のように出て行ってしまうだろうなと思いながら鑑賞していました。

この映画のタイトルは「楽園」。
終始、ダークな展開で「どこが楽園?」と思った人は多いでしょうし、自分もそうでした。
安住の地もそこから追放され、あるいは拒まれた者にとっては地獄となる。
閉鎖された空間と濃密な人間関係。
それらによって生み出された「空気」が引き起こす集団の悪意が、本当に狂気じみていました。

豊かな緑、長閑な田園風景、菜の花など風景は美しいのに、そこに住む人間が実に醜い。
証拠もないのに勝手に犯人に仕立て上げたり、仲間外れにしたりと暗い感情ばかりが表に出て、何だか嫌な感じでした。

村八分にしても、ここまで露骨なものなのかと唖然。
村八分にされた人間が最後に起こした行動は、まるで「砂の器」を重ねているようでした。

先程も記述したが、どこが「楽園」なのか?
劇中内のセリフにもありましたが、楽園は自らの手で切り拓いていくものなのでしょう。
終始ドロドロした展開でしたが、ラストで紡が見せた笑顔に、少しだけ「楽園」を見た気がしました。

最後まで気になったのが、失踪した少女はどうなったのか?
あるいは誘拐されたのか、事故だったのか。
結局、それはわからずじまい。
先月に山梨で少女が行方不明になり、現在も消息がつかめていませんが、この映画を観ている最中に急に気になってしまいました。
何とか見つかる事を祈るばかりです。

この記事へのコメント

2019年11月12日 00:27
楽園は自分で作らなきゃ存在しないのでしょうね。
なのに、誰かを排斥することで楽園にしようと勘違いしている人がたくさんいるのは辛いですし、悲しいこと。
しかもそれが現実にあるのはもっと辛いことですよね。
FREE TIME
2019年11月13日 18:35
 >にゃむばななさん
こんばんは。
やはり楽園って言うのは自分で作り上げていくものなのでしょうね。
この映画であった事が実際にもあるだけに、観ていて気分のいいものではありませんでした。