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zoom RSS 星野仙一氏 死去

<<   作成日時 : 2018/01/06 09:16   >>

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かつて中日ドラゴンズのエースとして活躍し、監督としても中日、阪神、楽天と3球団を優勝に導いた星野仙一氏が死去。
死因は膵臓がんで70歳の若さでした。

楽天の星野仙一球団副会長が4日に亡くなったことが分かった。70歳だった。死因は明らかになっていない。現役時代は中日のエースとして活躍し、引退後は中日、阪神、楽天の監督を歴任。計4度のリーグ優勝を飾り、楽天時代の13年には自身初の日本一に輝いた。17年に野球殿堂入り。「燃える男」、「闘将」と呼ばれ、巨人を倒すために野球人生をささげてきた男がこの世を去った。(スポニチアネックス)

現役時代の記憶は全然ないので、監督としての星野仙一氏を観てきました。
中日、阪神、楽天の3球団を率いて、いずれも優勝を経験し、2013年には自らが宿敵と公言していた巨人を日本シリーズで倒しての悲願の日本一。

中日時代は落合選手獲得の為にチームの看板選手を含む4選手を放出する交換トレードを敢行したり、狭いナゴヤ球場から広いナゴヤドームに本拠地が変わった事で、打力のチームから投手力のチームに変換したりと、時には強引と思えるような手腕を発揮して2度のリーグ優勝。

阪神時代は万年最下位だったチームを2年でリーグ優勝に導くなど、ここでも手腕を発揮し。
全てプロ選手で臨んだ2008年の北京五輪では4位という結果に終わり、日本中からブーイングを浴びたが、2011年には球団創設から1度も優勝していない楽天の監督に就任。
そして2013年にはチームを初のリーグ優勝、初の日本一に。
暴力行為のよる退場処分を幾度となく受けたり、自ら育てた若手投手を自らの手で潰したりと良くない面もありましたが、監督としての星野仙一はまぎれもない名将と言える人でした。

彼のモットーでもあったのが「打倒・巨人」。
本当に中日、阪神の監督時代には巨人戦になると異様な程に気持ちを出していたし、パ・リーグの楽天に移ってから対戦した日本シリーズの相手が巨人と言うのも、何かの因縁だったのかと思ったりしています。

まだ正月ボケも覚めない中で、今朝突然聞いた訃報。
本当に今でも信じられないと言うか、驚きを通り越して絶句していると言うか。

プロ野球界の一時代を築いた人が、また一人この世を去りました。
70歳だなんて、まだまだ亡くなるには早すぎる年齢。
死因ともなった膵臓がんは、一昨年に元横綱・千代の富士が61歳の若さで亡くなったのと同じ病気。
膵臓がんは、かなり厄介ながんと聞いていますが、どこまで厄介なのか調べてみようかと思います。

最後に亡くなった星野仙一さんのご冥福を心よりお祈り致します。


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